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今日の本(615) [本]

今読んでる本

水田英実、他『中世ヨーロッパの祝宴』溪水社 2010

 2番目の「祭りの中の宴」がミサについてのもの。


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今日の本(614) [本]

届いたCD

Dufay :Music for St Anthony of Padua    http://amzn.to/yP3mih

 


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今日の本(613) [本]

読み終わった本

塚本昌則『フランス文学講義 言葉とイメージをめぐる12章』中公新書 2012


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ため息ばかりの月曜日 [日記]

 ネット上ではできるだけ愚痴らないと思ってるんだけど、朝からため息ばかりの一日だった。ため息ついたっていいことないんだよねぇ・・・。ため息をぐっとこらえて、午前中は卒業式の準備をし、庶務課、教務課などをまわり、これで大丈夫だよねと帰りのバスに乗り、いつものように買い物をすませ地下鉄に乗ろうとしたら、なんとなく虫の知らせというのか、嫌な予感。バッグの中身を確認したら鍵がない!家の鍵、実家の鍵、教会のオルガン、ロッカーなどかなりずっしりの鍵束なんだよね。思い当たるのは非常勤講師室。そこで使ったのは覚えてるので、とりあえず戻ることにしたんだけど、目の前で30分に1本しかない大学行きのバスがいってしまった。さよ~なら~~!!(涙)  諦めてタクシーで行くことにした。運転手さんに正門で待っててもらって急いで講師室にいくと、ちゃ~~んとありました。よかった!と思いながら急いで正門に戻り同じタクシーで地下鉄駅に向かう。地下鉄に乗り換えて家に戻ったらいつもより1時間以上遅い時間になってた。とにかく家事を済ませ、デイから年寄りが戻ってくるのを待っていたら、卒業式の打ち合わせで大学から電話が入った。それを済ませ、嫁業やって、やれやれと思ったら、今度は同じ卒業式行事のことでメールが届いた。あの~・・・、聞いてた話と違うんですけど・・・。すぐに返信し、電話も入れ、やっと一息。なんだかなぁ、と愚痴が出そうだ。愚痴っても仕方ないんだよね。やるべきことをやるしかない。そうなんだよね。

 でもね、嬉しいこともあった。3月中旬にあるカト研主催の講演会がとっても興味のある分野。絶対に行くもんね!


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いろいろ考えた日曜日 [日記]

 朝は所属教会のミサに行った。偶数月は指揮当番です。で、行ってみると今日はミサ中に「分かち合い」のある日だった。正直なところ、ミサ中の分かち合いは苦手だ。いろんなことがあった1週間をゆっくり考えたり、次の週へのエネルギーを受け取る場でもあるみさに分かち合いが入ると、なんとなく脱力してしまう。私が分かち合いが苦手なことを知ってる典礼部の人たちはかなり気を使ってくれるので申し訳ない。別に参加しなくてもいいんだけど、なんとなくそれも気まずいので、グループ別の番号をもらった。分かち合いはミサ中の説教のあとにある。はずなのに・・・司祭がそれを忘れていたようでミサは進行し、中途半端なところで「分かち合い」が入ってしまった。各グループでの分かち合いに進行役はいないので、私のいたグループでは今日の第1朗読にあった「契約」をいうことばからなんとなく話は進んだが・・・・。自衛隊の是非とか、首相の責任論とか、原発輸出の契約の是非とか、そっち方面に話は進んでしまった。各自が今、考えてることと、今日の朗読箇所をつなげたのでこういう話題になったのだろう。それぞれに納得できる話なんだけど、これって今日のミサとどうつながるんだろう・・・。15分の間に何とかまとめようとはしたけれど無理だよね。終了時間が来てミサは再開されたけれど、終わってないグループもあり、パイプ椅子をガタガタと片付けてる間に共同祈願が終わってしまった。司式司祭からすると、ミサを再開するととにかく分かち合いは区切りがつくので、そうせざるええないんだろう。でも信徒側からすると、話し声が聞こえガタガタとパイプ椅子を片付ける音が響いてる間にミサが進んで行くのはつらい。ミサというのはそんなに簡単に扱われていいものなのだろうか。私もミサに対する集中力が切れてしまった。はぁ・・・。ミサ後に典礼部の人といろいろ話したが、さて、どうしたらいいんでしょうね。発表された司教メッセージで、仙台教区もこの先いろいろと動きがありそうだ。単純に考えて、今の教会の数と司祭の数が合わないのだから、編成を変え、なんとかするしかない。それは分かる。ならば、一般信徒として何ができるんだろう。限られた時間の中で考えていかなくちゃならない。私にできるtことは何なのか。もう一度考えたい。

 ミサ後はカテドラルに移動し、聖歌練習をした。来週の聖歌を使い、基本練習をし、詩編の歌い方を考えていく。これが所属教会だったら、ミサ中に指揮しながら微調整し、指示を出すことができるがそういかないのが歯がゆい。でもそうも言ってられないので、できるだけメンバーで考えていけるように 進めていく。亡くなった師匠から合唱指揮をする時のポイントの一つとして、歌う気のないメンバーをどうやって巻き込んで歌わせていくかが、一つの仕事だと言われていた。聖歌隊をやっていてどうやって聖歌隊メンバーに歌わせて、それによって会衆席を巻き込んでいくのか、といことが私の仕事だと考えている。特に聖週間に入ってからの劇的要素の多い典礼では会衆席にいる人たちを置いてきぼりにしないためにも、大事なことだと思う。試行錯誤しながら、でも諦めずにやっていくしかない。


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